いちげんはやめ

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最初で最後の長文記事

創作活動から引退いたします。

 

 

以下、全て余談です

 

 

大学に入ったばかりのとき、とても絵の上手い人と出会いました。
その子は某イラストサイトでも時おり上位に来るくらいの、

線も色も綺麗で、醸し出す雰囲気も素敵なイラストを描いてました。
創作の世界に興味のあったわたしの目には、その子の描くイラストも

その子自身もとても魅力的に映り、学内で見かけたら声をかけるようになりました

ですがその子は、絵を褒められるのは嫌だとか、描くことを辞めたいけど辞められないとか言っておりました。
某SNSもやっていましたが、生まれてきた意味がわからないとか、病んだ文章や愚痴を呟いては消していました。

わたしはその時、こんな綺麗な絵を描いてるのに、中身はこんなに病んでるのか…と思いました

(後々、病みを抱えた人間こそ人の心に訴えかける作品を作れると感じるのですが)
一度は仲良くなりたいなと思いましたが、一緒にいると気を使いすぎ、

こちらが疲れてしまうように感じ、またその子も

わたしがそう感じていることを察知していると思い、関わることを避けるようになりました。

 

わたし以外の人間も、最初はその子のイラストに惹かれ、

彼女に興味深そうに話しかけるのですが、次第に離れていきました。
女子あるあるかもしれませんが、「この子とは仲良くなれないな」と感じ(または自分のことをそう感じられると)

その状況がしばらく変わらないと、関係をフェードアウトし(され)ます。

怒ったり言い合いなどはせず、静かに愛想笑いをしながら去っていきます。

 

結局、その子には誰も話しかけなくなり、大学にも来なくなりました。

 

先月ふと思い出し、数年振りにその子のハンドルネームを検索したら、まだイラストを描いているようでした。

絵柄は僅かに変わっていました。キャラクターの目が霞がかって見えました。

わたしは絵柄が昔の方が好きでした。

 

 

こういう経験は何度かあります。

 

わたしにとって創作の世界は、見た目は華やかだけど中身は黒く病んだ世界、という認識です。
実際に作る側になっても、その考えは変わりませんでした。

 

創作を通して得られたものは少なかったです。
フリーゲームというとても狭い世界で、自分のことを知っている人が少し増えた

という錯覚を得て、自尊心が僅かに満たされたくらいです。

 

 

またこの前、かねてより希望していた職業に就くことが決まったとき、

創作の世界から心が大きく離れ、現実の世界に向いたような気がします。
内定を掴むまでの過程で、お金を得ること、自分が望んだものを手に入れることは、想像以上に大変だと感じました
同時に、想像以上に有意義だ、とも思いました。

今後は現実の世界で時間と労力をかけたいです。

努力もしたいし、人を好きになってみたいです。

 


発信欲という言葉を授業で聞きました。

SNSなどで自分の投稿を多くの人に見て欲しい。「いいね」が欲しい。そういう欲です

現代人はこの欲を満たしたい気持ちが強い傾向にあるとのことです。

 

私はこう思う。私はこうしたい。私は昔…。
発信欲が強い人は、口にする言葉の主語が、常に自分なのです。広告のように。
わたしは欲と名のつくものは避けてしまうのですが、発信欲も避けたいと思いました
SNSと関わりの深い創作も、発信欲を刺激するものだと思います。満たされることはないと思いますが

 

自分のことばかり気にしている人は自信を持てない。

気持ちよく人と関わるには、ある程度の精神的余裕が必要だ。

そう思うのです。

 

「辞めたいけど辞められない」

創作の世界が持つ引力に縛られていた。

わたしもあの子と同じ状態だったのかもしれません。

 

辞めたいけど辞められないという罪悪感や義務感から解放されて、毎日気持ちよく眠りにつきたい。

 

やっと決心できて、身軽になった思いがします。

 

今日まで拙作をプレイしてくださった方々ありがとうございました。

 

今後、なにかありましたらメールを送ってくだされば幸いです。

一限はやめ

2018.5.19


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