いちげんはやめ

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そらと

灘区掬星台より

よかったら一度お越しください


社会復帰中につき

年末年始、滅多にしない「エゴサーチ」をしたところ、

わたしの過去作品を実況動画を見つけ、一気に全ての動画を拝見しました。

それは一限はやめの名で作ったものではなく。

内容と長さからして、誰も実況しないだろうと思っていた作品だったので、驚きました

 

普段なら自分の作った作品の実況やプレイ動画の類を観ることは絶対にないのです。

自分が描いた文章を観るなんて、単純に恥ずかしいですから。

ただそれだけは見てしまいました。

そして、ゲームを作成していた当時のことをありありと思い出しました。

 

当時のわたしは色々と冷めていましたね 

「他人から嫌われたならそれまでだ」と考えていたので、周囲から冷たいとか適当だと思われていたと思います。

ダウナー系の極みです

これはだいぶ反省していることで、そういう価値観を持つのは自由であっても、

そのことを態度や言動に出してしまうのは非常に危険であると、今では思っています。

 

共依存論をあげた際、「作者もクル子のような人間なのか」と言われましたが

「誰かに出会えば自分の人生は劇的に良くなる」とは思っていませんが、ネット依存症の傾向はあるかもしれません

過去にSNSでわたしの名前を騙る偽物さんが現れたことと、文字でのやり取りが苦手なため、やろうと思えず。

部屋の居心地がよすぎたのでネットで暇を潰していた感じです

 

結局、大学での生活ではほぼ独りで過ごしてしまいました

独りの生活はあまりにも楽でした。

が、楽しくは無かった。

同級生たちは就職を通して日本全国、あるいは海外に散って働き始めるようですが。

たまには会ったりするものなのでしょうか。どうなんでしょうね。

自分のタイミングであらゆることが出来る生活で、心身ともに弱くなってしましました。

味方を作る必要は無いが、敵を作ってはいけない。

それくらいの適度な距離感でそれなりに他人と関わることが大切ですね

 

ただ中高の同級生やアルバイト先の人たちとは、こんな自分ととても仲良くしてくれました

そしてこんな自分を採用してくれた会社

本当に感謝しています

 

話が逸れました

わたしの過去作は全ての作品において、「伝えたかったこと」などは無いです

18〜22歳あたりの、純粋さと解放感と自己同一性の喪失、

10代までの短い人生経験の連続性が絶たれたことと、未熟さから生じる危うさ

だからこそ生まれる人間関係は描きたいかなと思いました。

 

ただ、今の状態で作品をあらためて観てみると、当時の自分は

「どのような形であれ、他人の負の感情に触れるのは危険だ」と言いたかったのかなあ、と少し感じました

 

…わたしの作品を好きだとおっしゃって頂ける方は、みな優しい心を持った方だと思います

それでいて 心の強さ弱さ、喜怒哀楽、白と黒を行ったり来たりするような。

 

わたしはわたしのあるべき場所で今後も頑張ります

 

皆さんがお幸せな人生を送られることをお祈りいたします

 

 

全く関係ないですが

好きなアーティストの好きな曲を紹介します

よかったら聴いてください

https://youtu.be/BCt9lS_Uv_Y

https://youtu.be/rs7FY-SIHkc


理想は頭の中に 現実は目の前に

幼少期に、自分の頭の中に「理想の自分」を作った

 

その子はとても愛想が良く、賢い。

自分が周囲の人間からなにを期待されているのか、直感的に理解している。

その期待に応えるように振る舞う。そしてそれが必ずしも苦痛ではない。

 

中高時代に私が困った時、その子にどうしたらいいのか聴いたら、アドバイスをくれた。

 

その子が実在してほしかった。きっと話も合うだろうから、友達になりたかった。

それか、自分が本当にあのようになれたらよかった。

あの子が好きになりそうな人を好きになったこともあった

 

ただ、最近はあの子が頭に浮かばなくなってしまった。

寂しさを感じる。

 

この話をすると、大半の人は

「病院に行った方が良い」という、極めて常識的で真っ当なアドバイスをくれる。


過去からの脱却

 

私は昔から、精神的にギリギリの状態になると、必ず誰かに助けられる

受験であれ学校のことであれ仕事であれ。

「ああ、今度こそ限界か」と参っていると、助けてくれる人が必ず現れる。

助けてくれる人は、参っていたからこそ新しく出会えた人だったり、前からの知り合いだったり。

 

ただ、私の助けの求め方が、やや大袈裟なものであると思う。

泣くことを我慢できるはずの場面でも、あえて我慢せずに涙を流して弱音を吐く。

私が涙を流せば、優しい人ほど心配してくれる。

 

昔から、物事を悪い方に考えることが得意だ。

ネガティブな方向に思考が振れた時の想像力が異常である。

だから周りの優しい人に心配されるのだろう

 

そういう自分が許せない。

こういうことは10代でやめたいとずっと思っていた。

しかし気づいたら20代になってしまった

 

これでも、前よりはましになってきた。

「もう少し」「惜しい」と、何度も思う。

前の自分よりも今の自分の方が、まだ好きだ。


光へ向かう勇気

 

「創作活動の神さま」のイラストを担当して頂いた香山サキさまによるクル子

 

 


自分に向けられる需要に気付いている文学部女子

暑い日記念。


昼寝の代償

わけあって、数か月ニート(学校にも行かず、アルバイトもしない)で過ごした期間がありました。

 

独り暮らしですから誰からも監視されませんし、指示もされないので、思い切り自由に過ごす。

本を読んでネットで映画を観て寝る。食事は近所にあるお気に入りのレストラン。

安くて野菜も果物も食べられるので自炊より効率的。

レストランへ行った帰りにお菓子を買って、部屋で食べる。

部屋ではネットニュース見たり小説書いたり。

他人(友人)に会ったのは2回くらいでしたかね。

 

自分を自由に過ごさせたら怠け者になるんだな、と思いました。

 

また、独りで日々過ごすことは本当に楽なことだと痛感しました。

ただ、楽であっても、楽しくはありませんでした。

 

人と関わって、社会にいようとすると、多少のストレスや我慢が必要になりますが

独りで時間を過ごす楽さに慣れてしまうと、ストレスを我慢してまで他人と関わろうという気持ちが無くなってしまう。

 

いつまでも独りでいるわけにはいかないと思い、ニートを脱出しようと思いました。

無味乾燥なあの日々の中で、夢中になれること、やることがある幸せを知れたことは、自分なりに貴重な体験でした。

 

 

 

ちなみに当時書いてた小説は、「自分にはもっと良い環境があるはずだ」と、

楽園のような場所があると思いこんで、いまいる環境をすぐに放棄し、砂漠のような社会を彷徨う人たちを描いた話です。

「楽園病」とかいう気取ったタイトルでした。


お礼

 

何名かの方から励ましのメッセージをいただきました。

ありがとうございました。

うれぴっぴ。古いでしょうか。

 

 

もしかしたら今後もブログはたまに投稿するかもしれません。


最初で最後の長文記事

創作活動から引退いたします。

 

 

以下、全て余談です

 

 

大学に入ったばかりのとき、とても絵の上手い人と出会いました。
その子は某イラストサイトでも時おり上位に来るくらいの、

線も色も綺麗で、醸し出す雰囲気も素敵なイラストを描いてました。


創作の世界に興味のあったわたしの目には、その子の描くイラストも

その子自身もとても魅力的に映り、学内で見かけたら声をかけるようになりました

ですがその子は、絵を褒められるのは嫌だとか、描くことを辞めたいけど辞められないとか言っておりました。
某SNSもやっていましたが、生まれてきた意味がわからないとか、病んだ文章や愚痴を呟いては消していました。

わたしはその時、こんな綺麗な絵を描いてるのに、中身はこんなに病んでるのか…と思いました

(後々、病みを抱えた人間こそ人の心に訴えかける作品を作れると感じるのですが)
一度は仲良くなりたいなと思いましたが、一緒にいると気を使いすぎ、

こちらが疲れてしまうように感じ、またその子も

わたしがそう感じていることを察知していると思い、関わることを避けるようになりました。

 

わたし以外の人間も、最初はその子のイラストに惹かれ、

彼女に興味深そうに話しかけるのですが、次第に離れていきました。
女子あるあるでしょうが「この子とは仲良くなれないな」と感じ(または自分のことをそう感じられると)

その状況がしばらく変わらないと、関係をフェードアウトし(され)ます。

怒ったり言い合いなどはせず、愛想笑いをしながら少しずつ距離をとり、最後は静かに去っていきます。

 

結局、その子に話しかける人はいなくなり、その子は大学に来なくなりました。

 

先月ふと思い出し、数年振りにその子のハンドルネームを検索したら、まだイラストを描いているようでした。

絵柄は僅かに変わっていました。キャラクターの目が霞がかって見えました。

好きで描いているというよりも、描かざるをえないというような印象です。

わたしは昔の絵柄の方が好きでした。

 

こういう経験は何度かあります。

 

わたしにとって創作の世界は、見た目は華やかだけど中身は黒く病んだ世界、という認識です。
実際に作る側になっても、その考えは変わりませんでした。

 

創作を通して得られたものは少なかったです。
フリーゲームというとても狭い世界で、自分のことを知っている人が少し増えた

という錯覚を得て、自尊心が僅かに満たされたくらいです。

 

またこの前、かねてより希望していた職業に就くことが決まったとき、

創作の世界から心が大きく離れ、現実の世界に向いたような気がします。

採用人数が少ない業界なので、内定はとても嬉しかったです。

そして、なにか望んだものを掴むには、やはり努力と運と周りの人間の支えが必要であることを再認識し、

お金を得ることは想像以上に大変だと感じました。

同時に、想像以上に有意義だ、とも思いました

 

そろそろ年齢的にも、自分の好きなものばかりを並べられるような、

甘い世界にいつまでもいるべきではないと思いました。

今後は現実の世界で時間と労力をかけたいです。

好きなことで努力もしたいし、人をちゃんと好きになってみたいです。

 


発信欲という言葉を授業で聞きました。

SNSなどで自分の投稿を多くの人に見て欲しい。「いいね」が欲しい。そういう欲です

現代人はこの欲を満たしたい気持ちが強い傾向にあるとのことです。

 

私はこう思う。私はこうしたい。私は昔…。
発信欲が強い人は、口にする言葉の主語が、常に自分なのです。広告のように。
わたしは欲と名のつくものは避け、欲を持たぬよう、

また自分に欲を向けられないようにしてしまうのですが、発信欲も避けたいと思いました。
創作も発信欲を刺激するものだと思います。満たされることはないと思いますが

 

自分のことばかり気にしている人は自信を持てない。

気持ちよく人と関わるには、ある程度の精神的余裕が必要だ。

そう思うのです。

 

「辞めたいけど辞められない」

わたしは創作の世界が持つ引力に縛られていた。

あの子と同じだったのかもしれません。

 

辞めたいけど辞められないという罪悪感や義務感から解放されて、毎日気持ちよく眠りにつきたい。

 

やっと決心できて、身軽になった思いがします。

 

今日まで拙作をプレイしてくださった方々ありがとうございました。

 

今後、なにかありましたらメールを送ってくだされば幸いです。

一限はやめ

2018.5.19


フリーゲーム『クリスマスガール』『クリスマスガール2』公開

JUGEMテーマ:フリーゲーム

 

フリーゲーム『クリスマスガール』『クリスマスガール2』を公開いたしました。

 

縁あってサンタクロースの国にお世話になった経験があり、思うところあり、作成いたしました。

1000文字で話を作るのはなかなか難しかったです。

 

https://www.freem.ne.jp/win/game/16990

https://www.freem.ne.jp/win/game/16996

 

イラストは浅葱くるみ先生に担当して頂きました。

http://y0115kurumi.wixsite.com/pandadouhu


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